(ちょっと感情的なので、普段のコラム的な表現とは違うのはご了承ください。)
詳細は全く知らないのだけど、周りから中傷されて傷付くのってなんかやるせない気分です。
blogもまたコミュニケーションですし、コミュニケーションである限り、どちらか一方だけが悪いってこともないのですが、確かに「その人の全てを知った気」になってしまって、よいレッテルをはるならともかく、悪いレッテルをはることもあるとは思います。 でも、どんな人でも一面しか持ってないということはないのです。良い面もあれば悪い面もある。
だからといって、悪い面を指摘することは悪いことではないのです。ただしそこには、くさい言い方をすれば「愛」がなければいけないと思います。
一方的に言い放って自分だけすっきり、みたいなのが一番性質が悪い。
他人を接するということは、自分と向き合うこと。
人付き合いが人一倍苦手な私はそう思います。
人付き合いが苦手って自分の本性を自分では見たくない、知りたくないんですよね、極論を言えば。あるいはよく見せたいと思ってたりとか。
何か言われて傷付くのって、一番触られたくない部分に触れられたときだったり、そう思ってほしくなかったときだったりします。
それをその人の心が弱いからとか言って、悪い面があっても平気で傷つけていいとは私は思わない。
そこにさっきも言ったように「愛」がないと。
コミュニケーションって、人を思いやることじゃないのかな。
だからこそ、「私の悪いところを指摘してくれてありがとう。なんだか変われそうな気がするよ。」くらいのことを言われたいくらいの気持ちがあったほうが、どちらにしろ自己満足でも、悪口言って相手のこと貶してすっきりするよりましだと思う。
まあ本当は、相手のことを心配して言うのが一番理想だけど(笑)。
それと、弾さんのblogにもdropdbさんの記事に対して辛口コメントされていて、まあ愛を感じたからいいのだけど、ここだけは違うよ!ってところが。
その「周囲の大切な人」というのは、同じような目で見られたらそのことであなたを責めるような人なのか?仮にそうだとして、そういう人が、「ブログの内容で判断」する人たちよりも大切な人である理由って何だろう? そしてもしそうではないのだとしたら、あなたは「周囲の大切な人たち」を見くびっていることになる。
ううん。見くびっているとかじゃなくて、大事なのは、自分が大切に思っている人にどう思われているかじゃなくて、自分の大切な人にいかに思いやりを持って接しているかが大切だと思う。損得抜きで、傷つけたくない、大切にしたいって思える人がいるって(心が豊かという意味で)幸せなことだと思うけどな。
コミュニケーション。これが生きていて一番の課題であり、いかに幸せに生きれるかの鍵なんだよなぁ。(まあ私にとってだけかもしれませんけども。)
個人的には、dropdbさんに限らずその人の意見や考え、行動を知るのが好きなので、blogを辞めてしまうのは惜しいなぁと思います。
dropdbさんには、「あ、釣りでした。」くらいの心意気で戻ってきてほしいものです。
2008/1/15 追記
うおー!!!dropdbさんが最速で帰ってきたよw
なんて思われようが負けないやる夫 - $ dropdb 人生
まあこれだけ影響力があるというか周りの関心が高いというか注目されている人なので、貶す人より応援してくれる人の多いってことですよね。
多分、人は自分を表現すること(例えばそれが文章なのかイラストなのか写真なのかスポーツなのかファッションなのかは人それぞれ)を辞めてはだめですね。
それにしても、dropdbさんのことは良く知らないけど、この方ならカムバックしてくれるとは思っていて、その際どんな展開をしてくれるか期待していたのですが、2ch風?ネタにしてしまうとは流石です。
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